ログイン21.
ここまでのあらすじ
派遣先で最強クラス雀士『南上コテツ』と出会う椎名。圧倒的なその技量の差に椎名は麻雀の可能性を見た。
強者に完膚なきまでに負けることで逆に今までよりもっと麻雀が好きになってきた椎名だった。
【登場人物紹介】
椎名良祐
しいなりょうすけ
主人公。礼儀正しく清潔で爽やかな青年。堅苦しい性格ではなく、場面場面での使い分けが上手いだけ。基本的には気さくな人間である。渡邉クリエイター派遣会社社員。
渡邉二郎
わたなべじろう
椎名の勤務する会社を設立した社長。人を見る目があり一目でその人の人となりを見極める。麻雀はそんなに上手くはない。
福島社
ふくしまやしろ
表の顔は喫茶店の気さくで優しい美人ウェイトレス。しかし、ひとたび卓に着くと人が変わる。知る人ぞ知る凄腕雀士。勝つためにはあまり手段を選ばない。勝利こそ正義という女性には珍しいタイプ。
福島創
ふくしまそう
喫茶店『えにし』の二代目マスター。ヤシロの父。アイスコーヒーを美味しく淹れる名人。麻雀の腕もプロ顔負けの超一流。
尾崎洋平
おざきようへい
勝田台周辺の雀荘で遊んでいる遊び人。毎日遊んでいるが本業は会社経営者。絞りを得意とし、下家を絞り殺すのが趣味という我慢強い打ち手。
工藤強
くどうつよし
元競技麻雀プロの雀ゴロ。面倒見がよくプロをやめた今でも弟子が多い。スキンヘッドで見た目は怖い。
南上虎徹
なんじょうこてつ
最強クラスの麻雀打ち。色々な雀荘にふらっと現れてはバカ勝ちして帰る男。ネット上で戦術を書いて無料公開している『ライジン』というアカウントと同一人物か?
その4
第一話 絶妙な三味線
最近、勝田台方面からの依頼が無くなってきたので拠点を変えるのもありだなと思ってきた椎名は思い切って船橋に部屋を借りた。
たまに市川市からの依頼もあるので船橋くらいだと丁度いいのだ。ただ『えにし』があるのは勝田台だから、あのアイスコーヒーとヤシロが遠くになってしまうのは少し寂しかったが(まあ、ヤシロさんに会えた所でどうなるってもんでもないしな)と鈍感な椎名は思うのであった。
────
明日の出勤指示メールが来た。やはり勝田台の『龍』ではなかった。少しだけガッカリ。
「明日も津田沼か……」
相変わらずの『陽』への出勤。
その日は対面に西船橋の『ラッキーボーイ』で同卓した南上コテツがいた。
「おっ、キミは西船(ニシフナ)でも会ったよな?」
「お久しぶりです。偶然ですね」
「今日はどうやら簡単には勝てそうもないな」
「よく言いますよ、あんだけ圧勝しておいて」
「あれはたまたまさ」
「おー怖。強い人はみんなそう言うんですよ」
『ゲーム、スタート』
この雀荘には『白(しろ)ポッチ』が入っている。白ポッチとはリーチ一発目に引いた時だけオールマイティになる白に赤いポチがついてるジョーカー牌だ。一発ツモの瞬間以外は普通に白(ハク)として扱う。
「リーチ!」
下家の横田さんが早速のリーチ。すると2巡後に白ポッチを引く。
「かー! リーチ1巡早かったか」
2発目に引いてきても意味はない。横田さんはリーチタイミングを測るタイプの打ち手だし、素直な方なので(てことはきっと、即リーチするのが当然! みたいな手ではないんだな)と読み、少しだけ押しやすくなった。あの『かー!』によって理想的最終形ではない可能性が高いと読めるからだ。
すると上家の小野寺さんも押し始めた。小野寺さんは横田さんと付き合いが長いのでちょっとしたことからでも読める。なので彼もこの時椎名と同じことを思っていた。(少し押しやすくなったな)と。
小野寺さんは打①筒でテンパイするところまで作った。
ダン!「リーチ」
打①
「ロン」
横田手牌
一二三②③⑦⑧⑨12399 ①ロン
「裏1で16000の1枚」
「何それ! ちょっとズルくないか?!」
「何が?」
横田さんは何もズルくはない。安目だと安すぎるリャンメン待ちなのでこれはリーチしないでダマにするという判断も充分ありな手だった。なるほど、1巡回すという手も無しじゃないな。と椎名は思ったが、勝手に勘違いして押しすぎた小野寺さんは倍満の餌食になってしまった。
(ヒュー、あっぶね。完全に読み違えてたわ)
次局
親の椎名に好配牌が訪れる。しかし、ツモが噛み合わずに少々もたついた。7巡かけてやっとイーシャンテン。ドラは5索だ。
8巡目
打6
ドラ周辺牌を投げて取った形がこれ――
椎名手牌
三三四四伍伍六六③④334
9巡目
ツモ白ポッチ
これは当然ツモ切りだ。しかし、この時椎名はほんの、対面だけは見てるかな、程度に本当に少しだけ、下唇を前に出してみた。
打白ポッチ
それを見ているレベルの打ち手はコテツだけだと確信して出した下唇。この三味線(シャミセン※)が、効果絶大だった。
(いま、少しだけ下唇出たよな。『あちゃー』みたいな……。あいつ、テンパってるな。手替わり待ちで、だとしたら……)
そこでコテツの引いた牌がドラの5索!
コテツ手牌
赤伍六七八八②③④④⑤⑥45 5ツモ
(グッ、ど本命だ。彼のダマに1番危ない牌引いちまった。……仕方ないな、こういうこともあると思ってのダマだったわけだから)
コテツは3-6索のリャンメン待ちタンピン赤ドラをダマでテンパイしていたがシャンポンのタンヤオ赤ドラドラに一旦切り替えた。これは椎名の下唇がそうさせたのである。
2巡後
椎名ツモ赤5
「リーチ」
打3
(あっ! 手替わりさせてなきゃ満貫だった牌! くそっ!)とコテツは思った。
「ツモ!」
椎名手牌
三三四四伍伍六六③④34赤5 ⑤ツモ
「一発赤裏裏で12000オールの4枚です」
「…椎名くん、だっけ。最後に引いたのどれだった?」
「赤です」
「前巡まだ張ってねーんじゃん! それ、即リーじゃん! だまされた!」
「あは、見ててくれたんすね。僕の演技」
「完全に引っかかったわ。ズリィことすんなぁ」
「少し下唇が出ただけっすよ」
この日、椎名はコテツに見事勝利した。ちょっとだけズルいやり方ではあったが、それは卑怯だと言えるほどのものではない。下唇が出ただけだ。
しかしそれを見逃さないコテツ。それを読み取ると信じた椎名。2人のそのやり取りがハイレベルすぎて小野寺さんと横田さんは同時にパンクする。
(しまった、やり過ぎたな)
椎名はコテツとの対局が楽しくてつい仕事意識を欠いてしまった。その日は反省して次の日からまた猫を被るが、小野寺さんと横田さんにはもう本当の実力がバレてしまったのだった。
◆◇◆◇
※三味線(シャミセン)
嘘のこと。嘘をつくと罰せられるが下唇を出した程度ではさすがに無罪。
40.第七話 引いてから考えるのは怠け ミカゲのダマテンは本当に凄かった。そのテンパイをいつ入れたのか全く気配が読めないのである。 流局になった局も(とりあえず1人テンパイで3000点だな)と思ったのにパタリと、静かにミカゲも手を公開する。(いつ? テンパイのそぶりなど微塵も感じられなかった)恐ろしいまでのステルス技術だ。 次局以降もミカゲの静かな攻撃が続きジワリジワリと加点されていく。 気が付けば届かない位置まで離されていた。「しっかし、ミカゲのテンパイは本当にいつしたのか分からないな。どうやってるんだそれ」「ほとんどリーチするアナタには関係ないでしょ」「そんな事ねーよ。僕だってダマくらいやるんだぜ」「そうかしら。アナタはダマにするくらいなら取らずにすることがほとんどな気がするけど…… まあ、いいわ。気配を消すダマのコツはね。前もって全部考えておくことよ」「「???」」「つまり、どれを引いたらリーチして、どれならダマ、どれなら取らず、どれならオリと牌を引く前に全種類決めておくこと。前もって決めているならそれを実行するだけだから迷うことないでしょ。引いたあとで考えるから気配が出るのよ」「そんな事言われてもなー」「たった34種+赤3種程度の変化くらい決めておけないわけないでしょ。アナタに出来ないわけがない。怠けなければね」「グサッ」図星を突かれてトキオは思わず胸をおさえる。 だがこの『怠けなければ』という一言はトキオだけでなくミサトの心にもグサッときた。(そうか、引い
39.第六話 TKOのトキオと隠密ミカゲ 初戦はトキオの見せ場だった。「ロン」「ツモ!」「ツモ」「ロン」「ツモ!」(これは強いわ。圧倒的ね)「調子いいわね、トキオ」「そういう時は大抵ミカゲが調子悪いからあとでメシおごらされて結局チャラで終わるんだけどな」 たしかに、ミカゲさんは今回ダンラスで飛んでいた。(差し込みとかはしてるのかな?)(この人たちはそういうのはやらないんじゃない? だいたい低レートでそんな反則をわざわざやるとも思えないし)「優勝は金田さんです! おめでとうございます! それでは次回ゲーム代よろしくお願いします!!」(トキオさんはカネダトキオっていうんだね、覚えとこう)「トキオの見せ場というか、はじめましての挨拶は終わったから次回は私の出番ってことでいいわよね」「よくねーよ。また勝ちに行くからな」 この店には上限点数での途中終了は無い。今回トキオは62000点トップだった。60000点終了のルールがあれば上限点数で飛びやオーラスを待たずにもっと早く終わっていたのだ。 チャンスとみたら最大得点を作り出し突き抜けたトップとなる攻めの麻雀。それをトキオは得意とした。それゆえついた通り名が名前をもじって『TKOのトキオ』と呼ばれていた。 テクニカルノックアウトのトキオとはなんとも強そうな名である。さすが、新宿最強と言われるだけのことはあった。 ちなみに、情報提供してくれたおじさんの話によるとミカゲの二つ名は『隠密ミカゲ』だったはずだ。ダマテンを得意とし、サッとアガリを拾っていくらしい。 ――すると次の瞬間!「ロン…」&nbs
38.第伍話 椅子の高さ「いらっしゃいませー! あれ、トキオさん今日は四名様(セット)ですか?」「いや、こちらのお2人とは今エレベーターで偶然一緒になっただけです。オレらはいつも通りフリーで」「そうでしたかぁ、失礼ですがお2人は当店初めてのご利用ですか?」「はい」「はい」「ではルール説明だけ先にしちゃいますねぇ。ちなみにドリンクサービスは当店では行っておりませんので、お飲み物をご希望の方はそちらの自販機でご購入下さぁい」(タダじゃないんだ……)(まあ、飲み物屋ってわけじゃないんだからコレでいいのかもね)(それは一理ある!) おしぼりの提供も希望された方にのみ渡す方式をとっており、そのような雀荘はミサトもユキも初めて見た。とにかく経費を節約している。新しいスタイルの雀荘だった。──────「……はい、ルール説明は以上です。これ以外でご不明な点がございましたらご質問をよろしくお願いしまぁす」(まぁ、ないかな)「大丈夫です」「では、ゲームお待ちの四名様。お待たせ致しました! こちらの卓へご移動下さぁい」(ついてるわ! いきなり最強との対決じゃないの)(私も足を引っ張らないように頑張るね!)「井川プロ。お手柔らかにお願いします」「いや、こちらこそ。よろしくお願いします」 そう言って席に座ったゴールデンコンビの椅子の高さが2人の雀力の高さを表していた。(! この2人…… 椅子が高い) 強いプレイヤーは椅子の高さひとつから違いが分かる。自分の手などは常に
37.第四話 新宿のゴールデンコンビ 新宿エリア4日目。ホテルや漫画喫茶で休憩などしながら雀荘で戦う生活にも慣れてきた2人にとある人物の情報が入ってきた。『新宿のゴールデンコンビ』 という通り名の2人組がいるらしい。詳しい話はその情報提供者のおじさんにも分からないが新宿で強い雀士といったらその2人なんだそうな。 噂話をもとに聞き回っていたらその2人はどうやら低レートの雀荘に出入りするらしいと判明した。「なーんだ、低レートなら私でも大丈夫かな」とユキはホッとして聞いていたが。「いや、油断したらダメだぜ、とんでもない強さなんだからよ。だいたい、この2人がなんで低レートを好むか聞いたら戦慄するぜ」と情報を提供してくれた方が言う。「なぜですか?」「低レート雀荘なら上限値なしで点数叩けるからなんだよ。60000点終了が好きになれない。それだけなんだ」 この頃、一般レートの店には『60000点終了』というルールが普及していて、60000点持ちが出てしまうとゲームが途中で終わるようになってしまった。回転率を上げるための新ルールだ。「それじゃ、低レートでやるのは、ただゲームを最後まで楽しみたいだけ?」「そうなるな」「新宿の最強コンビと噂されるに相応しい2人組ね。面白い!」「あと、その2人。コンビと言われてるけど一切コンビ打ちはしないって噂だ。まあ、アンタたちもそれは同じか」「ますます面白いわね。手始めに麻雀アクアリウムの靖国通り店でも見てみようか」とミサトが提案した。今いる場所から近いのでそう言ったが。 
36.第三話 これが井川ミサトの麻雀です 対局開始してものの数分で井川ミサトはその高い技術を見せつけてきた。東3局4巡目ミサト手牌四伍④④④12345北北北 6ツモ「リーチ」打北(あれっ? てっきり④筒切りだと思ったけど)鉾田がユキと一緒になって後方から眺めている。(ポコタさんの言いたいことは分かります。④筒も北もまだ1枚残っているからアンカンして※テンパネのことを考えたら北残しの方が高くなるってことでしょ)(そうそう、僕なら絶対に符が高い方にとるけど。あとホコタね) すると2巡後に下家からもリーチが飛んでくる。「リーチ」下家手牌三三六七八⑤⑥4566782巡後ミサトツモ番ツモ④「カン」 そう、ミサトは後々引いてきた時危険な④筒をアンカンで出ないようにするために北を捨てていたのである。(見ましたか? これが井川ミサトの麻雀です) ユキが自分の事のように自慢する。(まいったな、僕ならここで放銃だ。さすが『護りのミサト』と言われるだけはある) しかし、その後……ミサトのツモ番ツモ⑦「ロン」
35.第二話 麻雀のメッカ「最初の行き先は新宿歌舞伎町よ」「ええ!? 最後に行き着く先みたいなイメージあるけど!」「だからこそよ。私たちの麻雀は最高峰クラスのものでありその技術は歌舞伎町ですら通用する。それでも私たちはノーレートや低レート、競技麻雀をする。なぜならレートに関係なく麻雀を愛しているから。そう主張するには最初に歌舞伎町制覇するのがいい」「なるほど、ハイグレードなステージから逃げて初心者講座やってるというのでは説得力がないということね。たしかにそうだ」「……ふふふ、できるかな? 言うのは簡単だけど、実際問題新宿歌舞伎町は麻雀のメッカ。レベルが高いに決まってる」 最初の行き先は歌舞伎町という事で決定となった。「ねえ、ミサト。せっかく車も買ったけど新宿は電車で行かない? 駐車場代も高いだろうし……」「そうね、じゃあ最初の旅は都内をぐるぐる山手線の旅にしましょうか」「えー面白そう」「とりあえず、1週間! 1週間の雀荘巡りで収支をプラスして帰ってくる。これが最初の目標にしましょう。できる? ユキ」「私だって強くなったんだから。やってみせるわ。ミサトにだって負けないんだから!」「おーおー、大きく出たな。頼もしい限り! よーし、じゃあ明日の朝10時に駅に待ち合わせでいいよね。そしたら今日はよく寝ること! 明日から修行の旅だかんね!」「オッケー」 まずは新宿歌舞伎町!────── 2人は